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あとがきにかえて (第5版より)-「がんの痛みのコントロール」-

(この文章は、医療従事者の方々向けに発行している冊子『がんの痛みのコントロール ~除痛率100%をめざして~ 』第5版に掲載した 宮垣 拓也 医師のあとがき文です)

第5版 あとがきにかえて

 過日なにげなく新聞に目を通しておりますと、次のようなコラムが飛び込んできました。タイトルは「ケンブリッジの郊外で」。書かれたのは、翻訳家・評論家の清水真砂子氏。しみじみと深く感銘を受けましたので、少し長くなりますが全文を引用させてもらいます。

 ロンドンのタクシー運転手の確実な仕事ぶりは有名だが、地方にいくと、この話、必ずしも通用しない。ある日、私たち夫婦はケンブリッジの駅前でタクシーに乗り、近郊の村に向かった。ところが、どうも、あぶなっかしい。かすかな記憶をたよりに、この辺まで来ればあとは大丈夫と思われるところで車を降りた。だが、いざ歩き出してみると、いまひとつ確信が持てない。家はまばらで、道をきこうにも人の姿はない。見当をつけて歩くうち、ようやく前方から買物袋を両手にさげたおじいさんがやってきた。私たちは声をかけた。と、おじいさんは足を止め、両手の荷物を地べたにおろすと、はい、承りましょ、とまっすぐ私たちの方に向き直った。私たちが行く先の住所を伝えると、彼は私たちの、背丈をたしかめるようにみて、「そうですな、おふたりの脚なら10分とかかりますまい」と言った。私たちは礼を言って別れた。いい顔をしたおじいさんだった。道をたずねて、こんなに丁寧に向かい合ってもらったのは初めてだった。おじいさんはついでではなかった。帰国してしばらくして何かの本で、イギリスの子どもたちは手の荷物は必ず下に置いて人の話を聞くようしつけられていることを知った。その教えを守って、おそらくは七十年を生きてきた人の律儀さを想い、その人生を想った。


 冊子『がんの痛みのコントロール』は、第1版を発行してから約10年。その間緩和医療の発展は目覚しく、終末期医療の世界にとどまらず現代の医療に欠かせぬ重要な柱となりました。痛みの治療も例外でなく、諸外国に比べまだ十分とは言えませんが様々な薬やデバイスが開発導入されました。患者さんに頻回にプロンプトンカクテルなるものを飲んでもらったり、大きな弁当箱のような携帯?ポンプでモルヒネを持続投与していた研修医時代を思い出しますと、オピオイドローテーションなんて夢のような話で隔世の感があります。

 しかしいくら素晴らしい薬やデバイスが開発導入されようと患者さんの訴えをしっかり聴き真撃に対応しなければ昔と同じです。ついでではなく・・・。

 西陣の医療現場でもケンブリッジの郊外に佇むおじいさんを見習い、すべての患者さんが痛みから開放されるべく、再び一緒に歩いていきましょう。

2006年 晩秋 宮垣 拓也

| Copyright 2006,10,01, Sunday 10:10am administrator | comments (x) | trackback (x) |

 

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